EBウイルス(EBV)は、成人までに大部分の人が感染していますが、一部の感染者にリンパ腫(バーキットリンパ腫、ホジキン病など)や上皮細胞腫(胃がん、上咽頭がん)を発症します。しかし、このウイルス由来の遺伝子はあまり発がん性が高くなく、どのような分子機構で発がんに至るのか議論が続いています。
最近、ウイルス感染に対する防御因子としてAPOBEC3と呼ばれる遺伝子群が注目を集めています。この遺伝子はウイルスの遺伝子に変異を挿入し、ウイルス排除の方向にいくのですが、時には宿主遺伝子も傷つけてしまい、発がんに至ることがあります。いわば、諸刃の剣でしょう。ところが、EBVはこの酵素のうち、ウイルスゲノムと宿主ゲノムを標的とする酵素(APOBEC3B) を無効化するウイルスタンパク質を持っているため、EBV感染におけるAPOBEC3の生理的意義はよくわかっていませんでした。
この研究では、EBV感染によって発現誘導されるAPOBEC3が何をしているか調べました。
EBVが持続感染している細胞では、非感染細胞と比べAPOBEC3ファミリーの発現が上昇していました。興味深いことにウイルス感染細胞では、ミトコンドリアDNAにAPOBEC3による変異が蓄積し、そしてミトコンドリアDNAのコピー数も低下してました。この現象の原因遺伝子は、APOBEC3Cという遺伝子で、この酵素は通常細胞質や核に存在しているのですが、胃上皮細胞ではミトコンドリアに多く存在していました。
ここで大きな疑問は、なぜAPOBEC3Cの発現がウイルス感染細胞で上昇しているかでしょう。その原因は、ウイルスのLMP2A遺伝子にありました。すなわち、EBVが胃上皮細胞に感染すると、LMP2AによってAPOBEC3Cの発現が上昇し、ミトコンドリアに変異が入るわけです。その意味は一体何でしょうか。
腫瘍中の変異したミトコンドリアDNAは、最近、腫瘍周囲に浸潤するリンパ球に入りこみ、リンパ球の機能を抑制することが報告されています。おそらく、ウイルスは免疫系から逃れるためにAPOBEC3Cを使っているのでしょう。しかし免疫から逃げる=ウイルス感染細胞の増殖が止まらないとなります。したがってミトコンドリア変異は、ウイルス感染細胞の腫瘍化を加速している可能性があります。
本研究の成果は、Microbiology and Immunology 誌に掲載されています。
この研究は、大学院生のAung Phyo Waiさん(ミャンマー出身)や、Timmy Richardoさん(インドネシア出身:現チューリンゲン大ポスドク)を中心に行われました。太字、下線は当講座のメンバーです。また、この研究はAPOBECの1つAIDの発見者である村松正道先生との共同研究になります。
Wai AP, Richardo T, Wakae K, Okada S, Muramatsu M, Yoshiyama H, Iizasa H. Epstein-Barr virus infection induces mitochondrial DNA mutations via APOBEC3C expression in gastric epithelial cells. Microbiol Immunol 69:157-167 (2025) https://doi.org/10.1111/1348-0421.13196