• Department of Microbiology, Faculty of Medicine, Shimane Univsresity

西倉ラボの思い出(1)

恩師の西倉和子先生(ウィスター研究所)が、3月で研究所を退官され、名誉教授となった。西倉先生は、RNA編集酵素ADAR1の発見者の一人で、この分野のパイオニアである。このため、日本人の同門一同でお祝い会を企画したのだが、その中で、西倉ラボの思い出をスライドにして、近況と共に話をしようという企画があった。実は、この2、3週、壊滅的に忙しいあまり、この企画の存在を忘れてしまった。その場で適当なスライドを作って、お茶を濁したのだが、さすがにこれはまずい。代わりに数回に渡って西倉ラボの話をこのHPに書こうと思う。

西倉先生の話を聞いたのは、2004年の秋頃だったと思う。当時、私の上司であった、中島恵美先生(慶應大薬学部名誉教授)から、「金沢大の先輩ですごい人がいる。この人のところに、留学してみたら?」という話をいただいた。西倉先生は、Scienceに論文を発表したばかりで、この論文ではRNA編集酵素ADAR1の遺伝子欠損マウスが胎性致死で、造血系にも異常を示すという表現型を報告していた。RNA編集のことは全く知らなかったのだが、私は幹細胞に興味を持っていたので、この論文は非常におもしろいと思っていた。しかもこの論文をどれだけ読んでも、この表現型の直接の原因が不明というところもユニークだった。私は薬学部で研究をしていたが、色々行き詰まりを感じていた。どうせなら、このチャンスに思いっきり違うものも研究してみたいと思っていたのだった。

そこで、2004年の11月にボルチモアで薬学系の国際学会がある時に、1日だけ学会を抜け出し、フィラデルフィアのウィスター研究にある西倉ラボで、過去の仕事のプレゼンを行ったのだった。その場にいたのは、確か、西倉先生、Louis Valente、Weidong Yang、Qingde Wangの4人で、河原行郎さん(現:大阪大)はなぜかいなかったような記憶がある。いい仕事をしているのに、コンパクトなラボだったのは意外だった。プレゼンの結果、その場で採用するという話をいただいたのだが、西倉先生からは「とにかくグラントをとってきてくれ」と言われ、小さいながらもなんとか1つ留学グラントを取ることができたのだった。この時の第一印象は、「科学者として厳しそうだが、笑顔が魅力的な人」だった。この印象は今も変わらない。科学は大変なことも多い。だから、明るさというのは「なんとか、困難を乗り越える」のに大事ではないかと思っていた。それまでの恩師2名(松島綱治先生、長澤丘司先生)も、共通しているのは、魅力的な笑顔であった。ある種のポジティブシンキングも科学者には必要だ。RNA編集のことはまだ理解が不十分だったが、やはりこの先生と一緒に研究がしたいと思い、着々と留学準備を始めた。

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